日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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       2011年7月31日(日) バイブルアワー


   
夏休みの時でなければ、なかなかお呼びすることのできない公立中学校の校長で
     あられる市川忍さんをお招きして、7月のバイブルアワーが開かれました。暑い
     中にもかかわらず来られた多くの求道者の方たちと共に、お手製のケーキやコー
     ヒ―等をいただきながら、すべての雑用から解き放たれて聖書のお話に耳を傾ける
     幸いなひと時でした。
          
     
     “人生において最も大切なものは何か?”“人生において何を最優先にすべきか?”
     という質問からお話は始まりました。その答えは「いのち」であります。

     今回の東日本大震災で、ある小学校では108名中40数名の死亡または行方不明
     者がでました。又、ある小学校では、日頃から津波が来た時の想定訓練を何回もして
     いた為、一人の死亡者もでませんでした。この事から、常日頃から、いのちに対す
     る備えをする事の大切さを教えられます。

     ルカの福音書12章15節〜20節には、ある金持ちが何年分もの財産をため、こ
     れからは安心して食べ飲み楽しもうと思った矢先、神様から『愚か者、おまえの
     たましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は
     いったい誰のものになるのか』(20節)と言われてしまいます。この金持ちは、
     自分のことしか考えておらず、自分にいのちを与えて下さった神のことをまったく
     考えていなかったのです。『どんな貧欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら
     いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。』(15節)
     『自分の為にたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。』(21節)
     
     又、聖書には、次のようなみことばがあります。
     『人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありま
     しょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。』
     (マタイの福音書16章26節)
     『人は、自分の兄弟をも買い戻すことはできない。自分の身代金を神に払うことはで
     きない。ーたましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならないー』
     (詩編49編7節〜8節)
     このように、わたしの「いのち」は、全世界よりも尊く、何をもってしても贖うことは
     できません。

     聖書では、人に「いのち」を与えて下さったのは神であると記しています。しかし、
     人は「いのち」を自分のものと思い、好き勝手に扱っています。自分の「いのち」に
     神の存在を認めません。聖書は、この様に神を無視することを罪とよんでいます。
     そして、又、『義人はいない。一人もいない。』『罪から来る報酬は死です。』と
     いっています。ゆえにすべての人は死ぬのです。単に肉体が死んで終わりということ
     ではありません。神様が人にだけ与えられた霊的いのち、それが永遠にこの罪に対す
     る罰を受けなければならないと聖書は語っています。神様は、罪をきらう義なるお方
     である半面、この罪人なる人を愛するお方でもありました。そこで、神様は、罪から
     くる“死”(霊的いのちの死)から全人類を救い出す為に、この世にイエス・キリスト
     という神様のひとり子をお遣わし下さいました。

     イエス様は十字架上で、この全人類の罪を身に負い、一人一人の身代わりとなって死ん
     で下さいました。そして、三日後に復活なさいました。私たち罪人一人一人が「私の
     罪の為にイエス様は十字架上で死んで下さった」と信じるならば、私の「いのち」は
     永遠に滅びることなく、イエス様と共にあり続けることができるのです。これが
     Good News 福音です。

     どうか、最も大切なこの「いのち」のことに通じる福音について考えていただきたいの
     です。そして、一日も早くイエス・キリストによる救いを受けて「まことの いのち」
     を得て、天国へのパスポートを受け取っていただきたいと願っています。