日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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       2012年1月31日(日) バイブルアワー
    
               


     今年初めてのバイブルアワーは、世田谷の経堂キリスト集会の片山和夫さんをお迎えして、
     聖書のお話が語られました。
                   
 
寒い中にもかかわらず多くの求道者の方々がみえて、心静か
に神様からのメッセージに耳傾ける幸いなひと時が与えられ
ました。そして、コーヒーや紅茶と共にお手製のケーキを
いただきながら交わる楽しいひと時を与えられました。

 人はどういう訳か、神を認めたくないと思う者です。又、
 どういう訳か、進化論を信じている者です。特に日本では、
 この進化論を認めてテレビでも堂々と放映しているくらいです。
 私たちのこの複雑な体が、アメーバーの様な小さな存在から
 進化して、自然に、偶然にできたのだと、本当に信じている
 のでしょうか?どうして、真理として信じられるのでしょうか?

又、人は誰にでも、“苦しい時の神頼み”の心を持っています。
人は苦しい時「神様、どうか助けて下さい。」と、自然と心の中
から叫び声が出る者であります。極限の状況に置かれると、人は
神に叫び求める心が与えられているのです。この事こそ、人は
神によって創られたものであることの証ではないでしょうか?



       片山さん

     こうした本質を持つ人に対して、神は聖書をプレゼントして下さいました。何のために?
     私たちを“神の国”に導く為にです。“神の国”とは、どういう所なのでしょうか。
     そこは、神がおさめている国、神が人が来るのを待っている国、人が何の心配もせず神に
     おまかせしておけば良い国、天の故郷を指します。そして、神はこれをさらに具体化する
     為に神のひとり子なるイエス・キリストをこの世に遣わして下さいました。

    この神の人への思いに対し、私たちはなかなか素直になれません。“神の国”に入る道が
    目の前にありながら、一歩踏み出そうとしないのです。なぜでしょうか? その原因は何か?
    イエス様は、聖書の中に、ズバリその答を語っておられます。自分を義人(=正しい人)だと
    自任し、他の人々を見下している者たちに対して話された、たとえ話を通してです。
    ルカの福音書18章9節〜17節をご覧になって下さい。
    そうです。人にとって神の御前に自分がいかに罪人であるかを認める事は大変むずかしいの
    です。確かに刑法上の罪は犯していないかもしれません。しかし、人をねたんだり、悪口を
    言ったり、人と比較して他人を見下したりと、人の心にわき上がる悪い思いを皆が持っている
    のではないでしょうか? それゆえ、聖書では、“義人は一人もいない。皆、神の前において
    罪人だ”と言っているのです。しかし、人はなかなかこの事を素直に認めようとしません。
    この思い=神の御前にあって自分を高くする思い=こそ神の国に入る為の大きなさまたげと
    なっているのです。だからこそイエス様は、次のように言われたのです。
    「まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、
    決してそこに入ることはできません。」(17節)
    神は、人が己の罪を幼子のように素直に認めるならば、その罪は赦され“神の国”へ入ること
    ができるというのです。

    どうか、今日来られた求道者の方々が、このイエス様の呼びかけに答えられ、一日も早く
    “神の国”へ行くパスポートを手に入れることができますよう、せつに望みます。
    

             
                    手作りケーキ