日本橋キリスト集会 
                
Nihonbashi Christ Assembly
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       2009年12月23日  クリスマス会

      今年のクリスマス会は、昨年と少しプログラムを変えて、最初に中華のお弁当
      でのランチを皆でいただき、その後から聖書のメッセージとピアノコンサート
      という内容で行われました。一年で一番忙しい時でもあり、寒い冬の本番が
      始まる季節でもありますが、今年も多くの求道者が与えられ感謝でした。聖書
      のメッセージとピアノコンサートの会場がT−CAT(東京シティエアターミナル)
      という空の旅の玄関口にあり、多くの人々が会場の前を通られます。そこで今年は
      初めてその方達を呼び込もうと、会場周辺にポスターを貼ったり、呼び込みを
      するという試みをしてみました。すると、立ち止まってポスターを見る人又呼び
      かけに答えられて質問される人、さらには、会場に入ってクリスマス会に参加
      される方もわずかですがおこされ、来年のクリスマス会のプラン作りのヒントも
      与えられました。  

 
              メッセンジャーの浜輝雄さん メッセージを語られる浜さん

        今年のクリスマス会のメッセンジャーは、現在函館キリスト集会の責任者の一人と
     して仕えていらっしゃる浜輝雄さんです。浜さんは、10月の家族交わり会に続いて
     2度目の登場です。クリスマスは、一般にはイエス・キリストのお生まれになった事
     を祝う日と言われています。聖書には、イエス様の誕生について、この様に書かれて
     います
    “きょうダビデの町で、あなた方の為に救い主がお生まれになりました。この方こそ
     主キリストです。”(ルカ2章11節) 
 
    “マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の
     民をその罪から救って下さる方です。”(マタイ1章21節) 

    
“「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと
     呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)”
    (マタイ1章23節) 

       イエスの誕生には、“救い主”“主キリスト(すなわちメシアー油をそそがれた者)”
    “罪から救って下さる方”“インマヌエル(神は私たちとともにおられる)”という
     ことばと深いかかわりがある様です。

       聖書には、すべての人は罪を犯した、罪人でない人はいないと書かれています。私は
     法に触れる様な罪は犯した事はないとだれもが思われるでしょう。しかし、聖書の罪は、
     大変レベルの高い物差しで測られるものなのです。なぜなら、聖書では、心の中で情欲を
     もって女性を見たなら、神の目から見れば、その人は姦淫を犯したも等しいと言っている
     のです。罪人である全人類の罪から救う為に来られたお方がイエス・キリストだという
     のです。このイエス様はその後33歳で、全人類の罪を背負われ十字架上で死なれ、
     そして3日後によみがえられました。この死と復活によって、罪人なる我々と罪の無い
     神との断絶をもたらしていたこの罪が解決されたのでした。それゆえ、イエス様の誕生は、
     罪ある我々を罪から救う為であったのです。(
のみことばがそれを表しています。)
     そして、又、イエス様の誕生は、イエス様を心の中に迎え入れた方は神から決して見捨て
     られることがなく、いつも共にいて下さる為でもあったのです。
     (
のみとこばがそれを示しています。)

     以上の様に、クリスマスの真の意味は、一般の日本人の様にプレゼントやケーキ、
    パーティーといったはなやかな事ではなく、私たち人類の罪の問題とその解決に大きく
    関係している事なのだとおわかりになってきたと思います。
    “神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させて下さいました。
    ここに神の愛が示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、
    私たちの罪の為に、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。”
    (Tヨハネ4章9節〜10節)このみことばにも、イエス様の誕生の意味その理由が書かれて
     います。イエス様の誕生は神様が私たち人類に投げかけて下さった愛の証だったのです。
    この神様の愛を受け入れるか否かの選択は私たちの側に託されているのです。どうかこの
    神様の愛に気づき、イエス様を信じ受け入れられます様、せつに祈ります、と話を終えられ
    ました。

    コンサート中の大和田広美さん  弾き語りをする大和田さん

      ピアノコンサートは、大和田広美さんのピアノの弾き語りによる賛美と証です。広美さんは、
    1歳9ヵ月の時に、はしかにかかり失明。4歳でピアノを始め、茨城県立盲学校小学部入学時
    より親元を離れて寄宿舎生活を始める。筑波大学付属盲学校中・高等部から清泉女子大文学部を
    卒業される。
“私の目は、光は感ずることはできるのです。”そんなお話から、オリジナルの
    クリスマスソングやクリスマスキャロルのメドレーを歌って下さいました。アップテンポで
    力強くキーをたたきながら“毎日生きられること、こんなにうれしい!”と全身で力強く賛美
    されました。広美さんは、中学3年の時イエス様と出会いました。それまでの広美さんには
    2つの事でずっと悩んでいました。それは、
    Q1、人は死んだらどうなるのだろう?
    Q2、もし死んでそれで終しまいなら、私が生きる意味は何なのだろう?
    私は盲という障害を持つゆえに小さい頃から多くの人たちのお世話を受けて生きてきました。
    そういう意味でもこの2つのQは私にとって大きな疑問でした。そして、広美さんは聖書と
    出会いました。そこには、神が人を造られたと書かれておりそれゆえ、神はなぜ私をお造り
    になられたのか知りたいを思いました。その為には神に近づき、神の心を教えていただきたい
    と思うようになりました。それが広美さんの求道のきっかけでした。そして、神様は
    @神様のすばらしさを現わす為に私を造られたこと。
    A隣人との愛の交わりをする為に私を造られたこと。
    がわかり、段々と私は神様に愛されているという事を実感していきましたと・・・そして、又、
    たとえ自分が変わっても、イエス様の愛はいつも変わることがない事も教えられていったと
    証して下さいました。広美さんの口から出る歌詞をかみしめながら曲に聞き入るアッという
    間のひと時でした。賛美を通して、神様のこと、イエス様のことを力強く証して下さった幸い
    なコンサートのひと時でした。

          会場風景
   クリスマス会、会場の風景(写真をクイックすると大きくなります)