日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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       2009年3月29日(日) コーヒーアワー

     窓辺に差し込む日差しは春の陽気ですが、咲き始めた桜の花の開花も小休止
     する様な寒さの戻りが感じられた3月第5日曜日にコーヒーアワーのひと時が持
     たれました。メッセンジャーは相模原市・大野聖書センターの萩原滋さん
     (56歳)でした。今回は萩原さんが持参されたパソコンを使っての映像を
     見ながらのメッセージでした。

       スピーチ中の萩原滋さん

     メッセージのタイトルは“神様のご計画〜愛の苦しみ”で、聖書の「創世記」に出て
     くるヨセフの生涯を題材にして話されました。
    
     聖書の一番最初の「創世記」の37章〜50章にかけて出てくるイスラエルの族長
     ヤコブの11番目の子どもがヨセフです。彼は他の異母兄弟達よりも父ヤコブに大変
     愛され(創世記37章1節〜3節)その為他の兄弟から憎まれ、その妬みからある日
     とうとう兄弟の手によって、エジプトへ奴隷として売られてしまいます。父の偏愛の
     中で何不自由のない生活をしていたヨセフでしたが、ここで生活が一変、異国の地での
     奴隷としての生活が彼を待っていました。時には無実の罪で何年も監獄にはいるという
     経験もしました。彼はこうしたさまざまな試練の中で、これまでの自分を顧み反省し、
     神に祈りを求めました。そして、段々と神様が共にいて下さる事を教えられていきました。

     神様は彼を大いに祝し故郷を出てから13年後の30歳の時エジプトの総理大臣の様な
     地位にまでのぼりつめました。
     そのような時、肥沃なエジプトにまれにみる飢饉が襲います。エジプトにはヨセフの
     神からいただいた知恵によって、食料の蓄えの備えがありましたがカナンの地にいた
     ヤコブの一族達はこの飢饉に苦しみ、とうとう食料を求めてエジプトの地へ、ヨセフ
     を売り飛ばした兄達がやってきます。兄達と出会ったヨセフでしたが、最初は兄達には
     自分の身を明かす事はせず、右余曲折を経てとうとう兄達にわが身を明かし、彼らの
     罪を赦すのでした。このヨセフの物語を題材にしたレンブラント等色々な巨匠達によって
     描かれた名画の映像も所々で映し出され、わかりやすくヨセフの生涯が語られました。

     そして、ヨセフの生涯を通して教えられる3つのポイントを話せれました。
     @聖書の中には、ヨセフの様に被害者が加害者の罪を赦すという物語が多く出てきます。
      その筆頭が、イエス・キリストです。彼は、刑罰に当たる罪を犯していないにも関わらず
      時のイスラエルの祭司長・律法学者ら支配者層からねたみを買い、当時の極刑である
      十字架にかけられ死なれました。まさに、イエス様は被害者です。しかし、その被害者
      なるイエス様が加害者である彼らの為に死んで下さったのです。イエス様は、神の
      御子としてこの世に来られ、罪を犯した事のないお方でした。そのお方が、私たち罪人
      の為に十字架にかかられ死んで下さったのでした。そして3日後に、イエス様は復活
      なさり、加害者である我々の罪を赦して下さいました。

     Aイエス様の十字架の死と復活は“わが子イエスが十字架上で死ななければならない”と
      いう、父なる神の愛の苦しみを伴ったご計画でありました。

     Bそれゆえ、神様は私たち加害者である罪人が、被害者のイエス様の愛のみわざに1日も
      早く気づかれ、信じ救われて欲しいと願っておられます。

     会場風景
                    会場風景

     最後に萩原さんはご両親が救われた(イエス様を信じた)時の証を語って下さいました。
     軍事教育を受けた父は事故で入院し、そこで88歳の時、洗礼を受けました。月1回静岡県
     磐田の両親の元へ帰り、交わり、福音を語った事が実を結び、まさに主様のあわれみの
     みわざでした。「父は本当に子どもの様に福音をそのまま信じた」という萩原さんのことば
     がとても印象的でした。そして、父の平安に包まれた姿を見て段々と心を動かされたので
     しょうか、そばで看病していた母も、その3年後、父と同じ88歳の時に自ら望んで洗礼を
     受けました。今年の1月に磐田に帰った時は、母から「神棚を処分してくれ」と言われた
     そうです。放蕩息子の帰還の様にわが両親も、誠の神様なる父の身もとに帰り、平安の中で
     今も共に生かされております。と、力強く語って下さいました。感謝!