日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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       2009年5月31日(日) コーヒーアワー

    雨間近の小雨降る中、多くの求道者の方々を神様は導いて下さり手作りのケーキと
    コーヒーを
いただきながら、聖書のお話を聞く幸いなひと時が与えられました

    今回の語り手は、長野キリスト集会の金子量昭(かねこかずあき)さん51歳です。
    金子さんは、最初の3年間は沼田市の小学校の先生として、その後の7年間は尾瀬など
    の山奥の中学校の教師をなさり、教員時代には教師ゆえに持てた無料のリフト券で仕事
    のあと隋分スキーを楽しんだというエピソードも明かして下さいました。
    その後、長野にいる奥様のお父様が肺がんの為看護休暇を願い出、長野へ。奥様の
    お父様はその後救われ、イエス様を信じて召されました。
    そのお父様のお仕事を金子さんは受け継ぎました。それは野菜などの種子を生産する
    会社の経営者への転職でした。つい最近もそのお仕事で中国へ行かれた事など、ご自身の
    プロフィールを少し話して下さいました。

         スピーチ中の金子量昭さん

    今回のメッセージのタイトルは、「十字架を取り巻く人々」。ルカの福音書23章から、
    ユダヤの総督ピラト(当時のユダヤの国は、ローマ帝国の支配下にあり、小属州であるユダヤ
    には、ローマ帝国のお目付け役である総督が置かれていました。)やガリラヤ地方(ユダヤ
    の周辺にあった一地方)国主ヘロデのもとで行われた不当な裁判の様子が描かれた箇所(1
    節〜25節)から、ピラト、ヘロデ大王、祭司長、律法学者らがイエス様とどの様に
    係わっていたか、そして、そこに見られる各々の人たちが持つ罪深さについて語られました。
    そして、次に、ふたりの犯罪人と共にイエス様が十字架にかけれれた箇所(32節〜48節)
    から「十字架を取り巻く人々」について語られました。

    @十字架のイエス様をみていた群衆〜傍観者的立場でいた人々
    “群衆はそばに立ってながめていた。”(35節)・・・この人々は、どちらにもあたいし
    ない!深入りしない!さわらぬ神にたたりなし!あたりさわらず!の人たちです。日本人的
    発想の持ち主です。金子さんは、教育現場に携わった方らしく「いじめも一人でもいけないよ!”
    という人がいたら成立しないのです。いじめには、必ず傍観者的存在がいるのです。」と話され、
    心に留まりました。ここから発展して、“自分はイエス・キリストに対してどの様な立場に
    立つ者なのか?”自分自身に問うていただきたい!と、金子さんの求道者の方々への熱い思いが
    語られました。

    Aイエス様と共に十字架に架けられた犯罪人
    “ほかにも2人の犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために引かれて行った。「どくろ」
    と呼ばれる所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた、犯罪人のひとりは
    左に。”(32節〜33節)・・・ここから金子さんは、ドキッとする次の様なお話をして下さい
    ました。自分が実際に刑法上罪を犯した事で、死刑の判決を受けたこのふたりの犯罪人と私たち
    には、ひとつの共通点があります。それは、犯罪人も私たちもいつかは死ぬという事実です。ただ、
    私達には、死ぬ日(犯罪人にとっては死刑執行日)がいつくるかわからないというだけの違いなのです。

    B十字架に架けられたイエス様
    “この出来事を見た百人隊長(ローマ兵)は、神をほめたたえ、「ほんとうにこの人は正しい方で
    あった」と言った。”(47節)・・・十字架上でのイエス様の一部始終を見ていた刑を執行した
    ローマ兵から出たことばです。“この方は罪のない方”と言っています。
    “指導者たちもあざ笑って言った。「あれは、他人を救った。もし、神のキリストで選ばれた者なら
    自分を救ってみろ。”(35節)・・・これは、時の指導者たち、すなわちイエス様に敵対する者
    たちの証言です。彼ら言うように、確かにイエス様は他人を救いましたが、自分を救いませんでした。
    自分を救えなかったのではなく、私たちの罪の赦しのみわざの為にご自身を捧げて下さったのです。
    ・・・“(十字架上で)イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦し下さい。彼らは何をしている
    のか自分でわからないのです。」(34節)

    以上のように「十字架を取り巻く人々」を取り上げてみてきましたが、最後に金子さんは質問しました。
    “では、イエス・キリストを殺したのは、いったい誰なのか?と・・・死刑にする権限のあったピラト
    ですか?十字架に付けろと叫び続けた民衆ですか?その民衆を裏で操っていたユダヤの指導者たち
    ですか?実際に刑を執行したローマ兵ですか?・・・正解は、B.C.740〜700年に活躍したイザヤ
    という方の預言書の中にあります。
    “しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。”
    イザヤ書(53章5節)・・・そして、金子さんは、“どうかイエス様の所に来られ罪の赦しを
    いただいて欲しいです。”と語られ、メッセージを終えられました。