日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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       2009年8月30日(日) コーヒーアワー

    
世の中は、衆議院議員の選挙の投票日で浮き立つ中、聖書からイエス様のお話を心静かに
    聞くコーヒーアワーのひと時が与えられ感謝でした。今回は、サラリーマン生活12年後
    今年から専心伝道者となられた三綿直人(みわたなおと)さん(36歳、経堂キリスト集会
    の方)をお迎えして、元気に、時には大阪弁(三綿さんは大阪府堺市生まれで東京には転勤
    で来られたのです)を交えて、イエス・キリストのお話をして下さいました。

    テーマは、「よくわかる福音(良き知らせの意味)4つのポイントです。

    1)あなたを造った創造主がおられる
    
「それゆえ、神について知られることは、彼らに明らかです。それは神が明らかにされた
     のです。神の、見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時から
    この方、被造物によって知られ、はっきり認められるのであって、彼らに弁解の余地はない
     のです。」   (ローマ人への手紙 1章19節、20節)
     日本の神々は、目に見えるものを対象にして沢山ありますが、聖書の神は、目に見えず、
     ひとつです。そして、上記のみことば通り、神の造られた被造物を見れば目に見えない神
     存在がわかるというのです。

    2)私たち人間は罪を犯した
    「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず」
                      (ローマ人への手紙 3章23節)
    人は、自動車を作った時、人や物をすみやかに運ぶという目的をもって作りました。人を
    造られた神も、人を造った目的をもっていました。しかし、残念ながら人はその目的から
    はずれた生き方をしてしまいました。自分自身が作った目的で生きる者となってしまいま
    した。これを聖書では“罪”といいます。すべての人がこの罪を犯した人に該当すると
    いっているのです。そして、又、聖書では、この罪人は必ず死ななければならないと語っ
    ています。「罪から来る報酬は、死です。」(ローマ人への手紙 6章23節)

    3)神はそれでもあなたを愛して、救いの道を用意してくださった
   
「しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった
    ことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」
                      (ローマ人への手紙 5章8節)
    上記のみこたばの様に、神は人を罪人のまま死に渡し、希望なしでは終わらせんませんで
    した。ご自身のひとり子なる御子イエス・キリストをこの世に下され、私たちの永遠の死
    から救いの道を用意して下さったのです。
    ここで、神の愛(=本当の愛)と人の愛の違いについて考えてみましょう。

    @神の愛(本当の愛)には、必ず痛みがともなう大きな犠牲がある。しかし、人の愛は
    相手を支配コントロールしたいという思いが強い。・・・イエス・キリストを十字架に
    つけて死なす、という大きな犠牲・痛みをもって、人に救いの道を与えて下さいました。
    “イエス・キリストの死”という犠牲・痛みをともない、神は人にご自身の愛を示せれました。

    A神の愛(=本当の愛)には、条件はない。しかし、人の愛は、条件付きです。・・・
    この神の無条件の愛に近い愛として、親子の愛があります。親は子を無条件に愛します。
    父はたとえわが子が反抗しようと、わが子ゆえに愛するのです。
    わが子の全存在を、全人格を愛しているのです。

    4)神の救いを信じ受け取る者に、救いが実現し成就する
    聖書の神は、3)で説明した様に愛なる神である一方で、“義なる神”でした。つまり、
    神は、罪が大嫌い、罪を無視することができないお方でした。それゆえに、ご自分の御子
    であるイエス・キリストをこの世に下され、この方に私たちの罪という借金を身代わりに
    背負わせ、十字架上でしなせました。この身代わりは、残念ながら罪のある人の死では、
    義なる神はよしとはされませんでした。聖書を読むとわかるように、キリストの弟子のみ
    ならず、十字架につけたローマ兵も「ほんとうに、この人は、正しい方であった。」
    (ルカの福音書  23章47節)と言っている様に、あらゆる人々の証言により、イエス・
    キリストの十字架の死と復活によって救いの道が完成したのです。

    神はキリストのゆえに、人の罪を赦す!と言われました。しかし、この神からの救いの提案
    良き知らせ(福音)を拒絶する者には、救いは無効となってしまうのです。受け取るのみに
    救いが成就するのです。どうか今日来られた求道者の方々が、この福音を拒絶する者ではな
    く、受けとられる者となられますよう切望します!・・・

   
    短い限られた時間の中で、三綿さんは、この良き知らせ(福音)のエッセンスを語って下さ
    いました。今日来られた求道者の方々が一日も早く神からの“救い”のギフトを受け取って
    いただきたいと思いました。

    (尚、今回は、撮影班の不手際により、写真の掲載できず、誠に申し訳ございません)