日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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     2012年10月7日〜8日 家族交わり会

        
       毎年行われている「秋の家族交わり会」をメッセンジャーに世田谷区経堂キリスト
     集会の三浦富雄さんをお迎えして、
YMCAアジア青少年センターで今年も
     ひらくことができました。
     

        
     
                      

        三浦さんは若い時に幼馴染が自死したのをきっかけに「人は、どこから来てどこへ行くのか」
        と考えました。又、同時期に小さい時から可愛がってくれていたおじ様が病死をした時にも
        思ったそうです。私たちも最も身近な人の死を迎えた時や、自分の死(誰でも100%死ぬ)を
        考えた時にはそう思うのではないでしょうか。

        「人生論」には人は、どのように生きるかは書いてありますが何の為に生きるかは書かれて
        いません。「人はなぜ生きるのか」という事を考えている時に三浦さんは聖書と出会いました。
        そして「私たちの心の満足は天から来る=聖書による」事がわかったそうです。
    
        一日目のメッセージは聖書にはどのような事が書かれているかをお話下さいました。
        ルカの福音書1章1節〜5節にはどのような主旨でこのルカの福音書が書かれたかが書いて
        あります。ここでは、聖書は作られた物語ではなく綿密に調べられて書かれた事実であると
        言っています。
        聖書は歴史の事実を書いているのであって、その内容を信じるか信じないかは読んだ方の
        自由です。又、史実なので妥協はしません。盲目の人を癒したり十字架上に架けられた
        キリストが復活した事などは事実なのです。
        それでは、私たちはどのようにしてこの聖書に臨んだらよいのでしょう。
        マタイ18章1節〜4節には「子供のように」という言葉が書かれています。この子供の意味は
        自分のプライドを捨てて自分の本当の姿をみせるということです。

        創世記3章8節〜13節には、最初の人間が神との約束を破った事が書かれています。人が
        神から離れている状況が罪であり、神と和解する事によって罪はきよめられると聖書は語って
        います。
        又、聖書は私たちのことを「とらわれ人」とも言っています。
        ひとつは、「死」にとらわれています。何か楽しい事があっても死んだら終わりという考えが
        いつもあるのです。もうひとつは「罪」にとらわれています。そして、それらを解決するカギは
        イエス・キリストだと言っているのです。
        ヨハネ第Tの手紙4章8節〜10節に、神の愛はイエス・キリストの十字架に結集されている
        と書いてあります。

        神はいらっしゃる。私たちの中には罪がある。聖書にはその罪の解決が書かれている。
        この事実を皆が認めて欲しいのです。
        

        1日目の三浦兄の力強いメッセージのあと夕食で皆と交わる幸いなひと時でした。
        また、今年は夕食のあとにそれぞれ有志があつまりコーラスの時を持ちました。

                     
            
 三浦さんの歌に合わせて奥様が手話を          子供達の歌声
                     
                    
               
                 
       サラの会の方々
                                  
                                          
熟年組も
                          
                             
独唱                     英語で
                           
                           夫婦で                         家族で

                                 
                                   
若者達
                                                                                                    
3人のピアニスト


        2日目も晴天となり、祈り会のあとに昨日に引き続き三浦兄のメッセージを聞きました。

        ルカ23章27節〜38節には違法による裁判によってキリストが十字架にかけられた時の
        様子が書かれています。全く価値もない者の為に神のひとり子が十字架にかかりました。
        がキリストはご自分の事は顧みられず「父よ、彼らをお赦しください。自分がなにをして
        いるかわからないのです。」と他人のことを考えておしゃって下さいました。
        そのキリストは私達の罪の身代わりとなり十字架に架かって下さったのです。  
        私たちの小さな罪のためにキリストはご自分を捧げて十字架に架かって下さいました。
        この事実を皆様に認めていただきたいのです。

        人は神様を信じる前と後との事実は同じでも考え方は違ってきます。今回、集まって下さった
        方の中でイエス・キリストを信じたいと思っている方がいらっしゃるなら是非お祈りをして心より
        求めていただきたい。

        最後に三浦兄は、この家族交わり会に参加された求道者の方々がイエス・キリストを受け
        入れる事が出来ますようにお祈りして下さり2日間のメッセージを閉じました。