日本橋キリスト集会
                
Nihonbashi Christ Assembly
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     2014年10月12日〜13日 家族交わり会

        
       今年の「家族・友人交わり会」は沖縄県豊見城キリスト集会の伊良部勝一さんをお招きし
     計4回、聖書からメッセージを語って頂きました。
     

        
 
                
 

        第一回目は、「変えられた人生」というタイトルで、伊良部さんがどの様にしてイエス様に出会い
        変えられていったか、その証しを通し、イエス様を信じる者の幸いや喜びについて語って頂きま
        した。キーワードとなるみことばは次の2つです。

        「みことばに心を留める者は幸いを見つける。主により頼む者は幸いである。」 箴言16章20節
        「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。
         それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。
         あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち
         あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。」    詩編16章8〜9、11節

        
        第二回目は、富も権力も知恵もすべてのものをこの世で持っていたイスラエルの3代目の王
        ソロモン王の人生を通し、晩年彼が悟った真実「人生で一番大切なことは、出来るだけ早い
        時に創造者を覚えること」この事について話されました。
        キーワードとなるみことばは次の2つです。

        「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、
         また『何の喜びもない』という年月が近づく前に。」  伝道者の書12章1節

       
「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。
        これが人間にとってすべてである。」 伝道者の書12章13節

        人生の早い時期に創造者を覚えると次の3つの幸いを手に入れることができます。

        @ 人生の目的が何かを知る事ができる。
        A 本物の幸い(=心の充足感)を知る事ができる。
        B 人は死んで終わりではなく、死後にある永遠の世界を知ることができる。死をもってこの世の
           すべてのものを失うというむなしい現実。この死の恐怖の解決がなければ人は決してこのむ
           なしさから解放されない。真の神と出会い、このお方を通してこのむなしさから解放される。
  
        第三回目は「暗やみから光へ」というタイトルでお話をされました。

        (1)マルコ10章46節〜52節より
          イエス様がバルテマイという盲人の物乞いの目をいやされるという奇蹟をなさいました。肉体的
          にも霊的にも暗やみの中にあったこの盲人がイエス様と出会い彼こそわが救い主と信じ、霊の
          目が開かれたとともに、肉体の目も見えるようになり光ある世界へと導かれました。

        (2)使徒行伝26章15節〜18節より
          ここはパウロがよみがえられたイエス様から福音宣教の命を受けれれた箇所です。ここでも
          イエス様は、私たち人間が霊的暗やみから光へ導かれる事を望んでおられます。「それは彼
          らの目を開いて暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰に
          よって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせる
          ためである。」使徒26章18節

        第四回目は「キリストは単なる聖人か」というタイトルで聖書の中から3人の人物を通して、この
        問いに答えを出したケースを見てきました。

        @ シモン・ペテロは、ゲネサレ湖にて、大漁という自然界に起きた奇蹟を通し、イエス様は神の
          御子であることを知りました。(ルカ5章1節〜11節)

        A イエス様とともに十字架につけられた一人の犯罪人が「父よ。彼らをお赦し下さい。彼らは
          何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23章34節)というイエス様の祈りを聞か
          れた時、この様な状況下で、自分と敵対する者の為にとりなしの祈りをすることができるなん
          て、この方は人ではない。神の御子であるからこそできた祈りだとわかりました。そして彼は、
          パラダイスへのチケットを手に入れたのでした。(ルカ23章32〜43節)
          ちなみに、伊良部さんもこのみことばを通し、イエス様の愛に触れ、救われたことを証しの中で
          話されていました。

        B よみがえられたイエス様の打ち傷を見て触った時、12弟子のひとりであるトマスは
          「私の主。私の神。」(ヨハネ20章28節)と言って信じ礼拝しました。(ヨハネ20章24節〜29節)

        伊良部さんは証しの中で「自分は、キリスト教という宗教を信じているのではなく、私の罪から
        救い出して下さる救い主、生きておられる本当の神様を信じているのだ」と何度も話されていた
        のが、とても印象的でした。

       「この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。
        しかし、これれのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが
        信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである」
                                                 ヨハネ20章30節〜31節


       伊良部さんは、時には賛美歌も口ずさみ、あっという間の4回のメッセージでした。どの回もイエス
       様を信じる者の喜びが全身にあふれている幸いなひとときでした。求道者の方々が一日も早くこの
       喜びを知ることができますよう願っています。


                 

   
         夜のひと時、伊良部さんの賛美           夕食は近くのレストランでケータリング